常勝ジャイアンツ&野球ニュース

昔から大好きなジャイアンツ(野球全般)を応援したくて開設したブログです。ジャイアンツ情報と気になる野球情報をお届けします。

    タグ:大阪



    1 鉄チーズ烏 ★ :2018/10/14(日) 15:11:02.18 ID:CAP_USER9.net

     「高校野球・秋季大阪大会決勝、履正社5-2大阪桐蔭」(14日、大阪シティ信用金庫スタジアム)

     履正社が大阪桐蔭を破り、5年ぶり5度目の優勝を果たした。

     大阪桐蔭には今夏の大阪大会準決勝で、1点リードの九回2死走者なしから逆転負けを喫していた。当時も出場し、悔しさを味わった主将・野口海音捕手(2年)らにとってはリベンジとなった。

     打線が序盤に集中力を見せた。初回は3番・小深田大地内野手(1年)の先制適時打など4安打を集めて3点を先制。三回には小深田が右翼席へ2ランを放った。

     16年秋季大阪大会準決勝での勝利を最後に、17年センバツ決勝から続いていた対大阪桐蔭の公式戦4連敗を止めた。小深田は「夏に負けているので、先輩の分も勝たないといけないと思っていた。今までで一番の当たりでした」と、会心の一発を振り返った。

     岡田龍生監督は「うちは夏の3年生の悔しさがあり、(夏も)出ていた野口にも悔しさがあったでしょう。桐蔭さんは『次、また』という気持ちで来るでしょうから、そういう意味では切磋琢磨できている」と、ライバル対決を振り返った。

     来春センバツ出場校選考の重要な参考資料となる秋季近畿大会(20日開幕、兵庫)への出場は決定済み。同大会では、準優勝した17年以来のセンバツ出場を目指して勝ち上がりを狙う。


    2018.10.14.
    https://www.daily.co.jp/baseball/2018/10/14/0011730824.shtml

    記録はいつかは終わるからな
    【ついに大阪桐蔭が公式戦で敗れる!! 勝者は因縁のあの高校だった】の続きを読む



    1 神々廻 ★ :2018/09/23(日) 13:37:09.64 ID:CAP_USER9.net

    「オロオロオロオロオロやってよお。あれ、タッチアウトやったら、3点ないやろ! ボケッ!! おまえ、いっつもやないかい! オラッ!!」

     50代で筋骨隆々のA監督は、ファーストを守っていた小5男児をドスの効いた河内弁で恫喝。ツカツカと歩み寄ると、雑巾のような分厚い手のひらでほっぺたをバチーンと平手打ち。「ハイ、ハイッ」と直立不動で監督の話を聞いていた男児は、衝撃で後ろに吹っ飛びそうに――。

     大阪府松原市の少年野球チームのA監督の“体罰動画”がユーチューブにアップされたのは、今年8月のこと。A監督は昨年7月の練習試合中、牽制球を受けた一塁手のタッチが甘いせいでセーフと判定され、その直後に打たれて勝ち越されたことにブチ切れた。

    「暴行行為をやめてください」と保護者が訴えても一向に改善されなかったため、保護者が体罰動画をアップ。それがきっかけとなり、府の少年軟式野球協会と軟式野球連盟(いずれも大阪市西区)は9月6日付で、A監督を無期限の活動停止処分にした。

    「動画以外にも、昨年の6~7月にかけ、キャプテンを含む複数の児童の頬を張ったり、頭をたたいたりしたそうです。公式試合で体罰があれば即退場させますが、(大会役員が同席しない)練習試合では暴力的な指導をしていたようです。
    本人は、『指導のつもりだったが、暴力を振るったことは申し訳なかった』と話しています。体罰はいけないと各チームの監督には再三伝えていましたが、重く受け止めています」(府軟式野球連盟の山田三樹理事長)

    ■少年野球の指導法に関する著書も

     保護者たちもテレビの取材に「体罰が常態化していた」と証言。スポーツ界のパワハラが問題視される中、少年野球にもいまだにはびこっていることが判明した。

     チームは1998年にA監督が就任以来、全国大会優勝6回の“常勝軍団”となり、プロ野球選手も輩出。A監督には少年野球の指導法に関する著書まであるというのだから、シャレにならない。

    「少年野球の監督やコーチの資格化も視野に入れて、指導者研修など教育の場を準備していくつもりです」(前出の山田理事長)

     A監督はかつてネット番組のインタビューに、「子供には礼儀(を大事にして)、明るく楽しく活動させる方針でやっています」と神妙に答えていたが、実際は時代錯誤の鉄拳制裁だった。

    https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sportsx/238121

    暴力反対
    【大阪の少年野球 暴力事件の一部始終が公開】の続きを読む



    (出典 images.keizai.biz)



    1 鉄チーズ烏 ★ :2018/08/01(水) 06:53:59.29 ID:CAP_USER9.net

     第100回を迎える夏の甲子園の前に高校野球について聞く「著名人インタビュー」第2弾は、弁護士の橋下徹氏(49)です。大阪府知事、大阪市長時代に多くの改革を実行した橋下氏が思うことを語った。

      ◇   ◇   ◇  

     ラグビーの話しか表に出てませんが、もともとは野球をやっていました。東京で暮らした小学校4年までスポーツ少年団のチームでピッチャー、渋谷区の大会で優勝したこともありました。

     肘を壊しましてね。体育の授業で転んだ時の脱臼なのか、野球の練習によるのか、原因ははっきりしませんが、小学5年で大阪に引っ越したのを機に野球人生は終わりました。でも甲子園大会は見ていました。早実の荒木大輔さんが強烈に印象に残っています。野球をやっていた当時は「甲子園に行って、プロ野球選手になりたい」と普通に言っていた子供でしたよ。

     純粋な子供たちにそう思わせる甲子園大会はスーパーイベントだと思います。アマチュアリズムの徹底、商業主義の排除。すがすがしさを前面に出すことによって子供たちは憧れの思いを抱く。白球を追う青春ドラマとして感動を呼ぶ。この連鎖が競技人口を増やし、スターを育成し、野球振興に寄与してきたことは間違いないと思います。

     このように功罪でいえば、これまでは功が多分にあったのかもしれません。しかし、今においては罪の部分が大きくなっていると思います。あまりにも青春仕立てが過ぎるのではないか。生徒たちへの負担は人生を狂わせるほどのものになっているのではないか。そう強く思うようになったのは大阪市長時代、桜宮高のバスケットボール部で起きた指導者の体罰指導による生徒の自殺事件が大きなきっかけでした。

     元巨人の桑田真澄さんに講演を依頼し、女子バレー代表監督を務められた柳本晶一さんには学校に乗り込んでもらって改革を実行してもらいました。僕も学校スポーツについていろいろ勉強しましたが、その中で戦前の学校スポーツは野球に源流があり、それは兵士養成プログラムという意味もあり、そして甲子園大会はその流れを引いているということに行き着きました。

     柳本さんからは「プレーヤーズ・ファースト」を教わりました。学校スポーツは、選手が心の底からスポーツを楽しみ、スポーツを通して成長していけるよう、指導者は選手のサポートに徹するべきだという考え方です。勝利や過度な教育を目的とした瞬間に、指導者と選手の間に上下関係が生まれてしまいます。指導者はあくまでも選手のサポート役。そのようにぜひ意識を変えて欲しいですね。

     高校野球もこれからは合理的にやりましょうよ。でないと今の賢明な子供たちは野球をやらなくなってしまいます。プレーヤーズ・ファーストの視点で、炎天下での試合や過密日程はやめて、投手の球数制限をもっと厳しくする。甲子園大会で選手生命が短くなるなどあってはならないことです。いま流行(はやり)の働き方改革を、高校野球にも適用すべきです(笑い)。

     また少子化時代においては、学校単位でチームを編成することは困難になるのですから、サッカーのように地域のクラブチームに移行していくべきです。こうなると高野連の力が弱まるので、高野連は猛反対するでしょうが。

     さらに丸刈り禁止令をやるべきです。いまどき高校生の一斉丸刈りなんておかしいですよ。主催者の朝日新聞が最も嫌う戦前の軍隊と同じじゃないですか。丸刈りの似合う、どうしても丸刈りにしたい生徒だけに丸刈りを許可して、原則丸刈りは禁止にする。こんなことくらい主催者の判断でやろうと思えばすぐできるでしょ?

     学生スポーツの象徴であり、最も影響力のある高校野球の甲子園大会が合理的なプレーヤーズ・ファーストに生まれ変われば、他のスポーツも国民の意識も劇的に変わると思います。

     ◆橋下徹(はしもと・とおる)1969年(昭44)6月29日、東京都生まれ。小学5年で大阪へ。北野高ではラグビー部に所属し、3年時に花園16強。早大卒。97年弁護士登録。08年大阪府知事就任、任期途中に辞職して11年大阪市長選に初当選。15年12月、政界引退。家族は夫人と3男4女。

    8/1(水) 6:00配信 日刊スポーツ
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180801-00284689-nksports-base


    抜群のリーダーシップ
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    (出典 pbs.twimg.com)



    1 ほニーテール ★ :2018/07/31(火) 08:30:37.97 ID:CAP_USER9.net

    全国屈指の激戦区といわれた大阪では、1960年代から1980年代にかけて、私学七強がその覇を競い合う戦国時代があった。

    興国、明星、浪商(現・大体大浪商)、近大附属、北陽(現・関大北陽)、大鉄(現・阪南大高)。そして、全国制覇7度を誇るPL学園──。

     かつて甲子園を沸かせたいずれの私立も、甲子園から遠のいて久しい(2008年夏の近大附が最後)。没落した七強の象徴が、2年前に野球部が消滅してしまったPL学園だろう。

    「僕らの時代は甲子園を勝ち抜くことよりも、大阪を勝ち上がることの方が難しかった」

     そう語るのは、中日ドラゴンズで活躍した立浪和義だ。1978年に“逆転のPL”で初めて夏の全国制覇を果たし、2学年上にあたるKK(桑田真澄、清原和博)が甲子園に連続出場していた当時、PLは黄金期を迎えていた。一度は大商大堺への進学を決めていた立浪は、高校受験の土壇場で、どこより生存競争の厳しいPLに進路を変更した。

    「当時、PLには選ばれた選手しか入れなかった。そのPLに声をかけてもらったのだから、行くしかないな、と。僕らは桑田さん、清原さんらのチームと比較されていましたから、負けられないというプレッシャーは常にありました」

     立浪が主将となった1987年、PL学園は春夏連覇を達成する。野村弘(弘樹に改名)や橋本清ら、3人の投手を惜しみなく投入し、圧倒的な戦力で日本一を達成した。複数投手制を敷いた戦いぶりは、現代野球の先駆けといえる。

     その後、KKや立浪、福留孝介らがプロで活躍する一方、PL学園の母体であるPL教団は、野球部の後ろ盾でもあった2代教祖・御木徳近(1982年逝去)という求心力を失い、それに伴う信者の減少によって、野球部への支援は以前より減ってしまう。

     2000年代に入ると、度重なる不祥事の発覚によって、PL野球の背景にある理不尽な先輩・後輩の関係、暴力体質が明るみに出て、信頼は失墜した。全国の球児のPLに対する憧れが、1990年代以降に台頭してきた大阪桐蔭や履正社に移っていく。

    >>2に続く
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180731-00000002-pseven-spo&p=2


    あのユニフォーム懐かしいな
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    (出典 public0.potaufeu.asahi.com)



    1 THE FURYφ ★ :2018/07/27(金) 12:59:49.85 ID:CAP_USER9.net

    7月27日(金)の試合

    大阪シティ信用金庫スタジアム

    準決勝

    大阪桐蔭 000000303-6
    履正社   00000013X-4

    【投手】
    大阪桐蔭:根尾→柿木
    履正社:浜内→清水→位田→浜内

    https://vk.sportsbull.jp/koshien/nosaka/


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