常勝ジャイアンツ&野球ニュース

昔から大好きなジャイアンツ(野球全般)を応援したくて開設したブログです。ジャイアンツ情報と気になる野球情報をお届けします。

    タグ:引退



    1 砂漠のマスカレード ★ :2018/10/01(月) 17:53:25.53 ID:CAP_USER9.net

    2011年にはベストナイン、2011年と2012年にはゴールデングラブ賞

    ソフトバンクは1日、2010年と2011年に2年連続盗塁王に輝いた本多雄一内野手が今季限りで現役を引退すると発表した。

    鹿児島実業高校から三菱重工名古屋を経て、2005年の大学生・社会人ドラフトでソフトバンクに入団した本多。
    シュアな打撃と俊足、固い守りで2年目の2006年にはレギュラーに定着した。
    2010年には59盗塁、2011年には60盗塁をマークして盗塁王に輝いただけでなく、
    2011年にはベストナイン、2011年と2012年にはゴールデングラブ賞に輝くなど、二塁手として常勝軍団の礎を築いた。

    2013年には侍ジャパンの一員としてWBCにも出場したが、2014年に骨折で離脱して94試合出場にとどまると、
    工藤公康監督が就任した2015年以降、出場機会が徐々に減少。
    2016年は110試合に出場したが、昨季は62試合。今季はシーズンの大部分を2軍で過ごし、1軍出場はわずか32試合にとどまっていた。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181001-00217740-fullcount-base
    10/1(月) 17:33配信


    (出典 bmz.jp)


    (出典 www.nishinippon.co.jp)


    http://npb.jp/bis/players/41445112.html
    通算成績


    (出典 Youtube)

    本多雄一選手の応援歌


    (出典 Youtube)

    本多 雄一 1号 ソロ ホームラン 2018年4月7日 楽天vsソフトバンク


    (出典 Youtube)

    いったぁ!! 本多の第1号はグランドスラム!! 2013.03.29 H-E

    お疲れ様でした
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    1 砂漠のマスカレード ★ :2018/09/28(金) 14:44:07.29 ID:CAP_USER9.net

    センター方向へ伸びる打球。マリナーズのイチローが突然、外野フェンスを駆け上がり、捕球態勢に入った。
    履いていたのはスパイクではなく、歯がついていないランニングシューズだ。
    9月に行われた敵地エンゼルスタジアムでのエンゼルス戦。試合前の練習中の出来事だった。

    イチローは5月にメジャー登録メンバーから外れ、会長付特別補佐に就任した。
    「来年、僕(の体重)が240パウンド(約109キロ)になってたらもう終わりですよ、それは。ただその可能性は低いので、そうでなければ、終わりではないと思います」。
    背番号51のユニホームを着て臨んだ会見。
    ユーモアたっぷりの言い回しで、引退を完全否定したイチローは、4カ月が経過した現在もチームに帯同し、他の選手たちと一緒に鍛錬を続けている。

    背面捕球、背走捕球、逆手捕球…、次々と高難度のキャッチを成功させる。
    フェンスを駆け上がった同じ日には塀際で跳んで“ホームランボール”をもぎ取り、敵地ファンを沸かせる場面もあった。
    もちろん、ファン・サービスも兼ねてやってはいるが、球拾いではなく、守備練習。立場が変わってもその軸がブレることはない。

    「体の状態は、春季キャンプの時よりかなりいいですね」。

    そう話すのは、10月で45歳を迎えるベテランをずっと間近で見てきた、マリナーズのスコット・サービス監督だ。

    イチローは3月にマリナーズと1年契約を結び、6年ぶりに古巣への復帰を果たした。
    入団会見の4日後にオープン戦に出場したが、3戦目で右ふくらはぎを痛めた。
    メジャー18年目の開幕には間に合わせはしたが、指揮官は「あのけががずっと影響していた。明らかに100パーセントではなかった」と話すとおり、
    復調のきっかけをつかめないまま、球団のフロントに入ることを決めた。

    今なお、フリー打撃では柵越えを連発する。
    打撃練習の前後には、外野に出て他の選手の打球を追って縦横無尽に走り回る。
    打撃投手の1球ごとに敏感に反応するのは、『一歩目』を意識している証拠。
    サービス監督は「試合に出場しているかのような動きですね。多くの選手が75パーセントほどの力で練習している中で、イチローは常に試合を想定し、95パーセントの力で動いているように見える」と話す。

    イチローは今オフにマリナーズと再び契約を結び、来年2月の春季キャンプに参加するだろう。
    来年3月下旬に日本で迎えるシーズン開幕戦で指揮を執る将は「彼が復帰して試合に出るのは現実的な話だと思いますし、彼もそこを目指して練習しています。
    来年は問題なくプレーできることを願っています。
    心身ともにいい状態をキープしているので、今後どうなるかを見守っていきたい」と、復活を期待する。

    イチローがフェンスを駆け上がった翌日は今季最後のエンゼルス戦だった。試合前のチーム練習がないデーゲーム。
    いつものようにフィールドに出て個人練習をしたイチローは外野フェンスの近くまで行くと、再び、壁を駆け上がる動きを見せた。

    エンゼルスには大谷翔平投手がいる。イチローが2日連続で右足で蹴った中堅フェンスの向こうには「ロックパイル」と呼ばれる岩山がある。
    大谷が本拠地で打った14本の本塁打のうち9本がそこに着弾している(数字はいずれも27日現在)。

    「僕がやることに、説明できないものはないですから」。

    かつてイチローはそう話したことがある。

    来季、マリナーズは4月18日を皮切りにエンゼルスタジアムで10試合を戦う。
    背番号「51」が大谷の本塁打を阻止すべく、フェンスを駆け上がる姿が目に浮かぶ。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180928-00000061-dal-spo
    9/28(金) 14:00配信


    (出典 rpr.c.yimg.jp)


    (出典 portal.st-img.jp)


    https://nipponbaseball.web.fc2.com/personal/batter/ichiro.html
    成績

    早くあの姿がまた見たい
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    1 ひかり ★ :2018/09/29(土) 19:11:08.21 ID:CAP_USER9.net

    ◇セ・リーグ 中日0―4阪神(2018年9月29日 ナゴヤD)

     今季限りでの引退を表明している中日・浅尾が29日の阪神戦で現役最終登板。9回のマウンドに上がり、打者・中谷を空振り三振に抑えた。

     試合後の引退セレモニーで浅尾は目を涙で潤ませながら「引退セレモニーを開いていただいた関係者の皆様、本当にありがとうございます。
    12年間、中日ドラゴンズでお世話になり、たくさんの監督、コーチ、スタッフに本当に助けられました」と感謝。「格好良い大好きな先輩方、
    心のよりどころだった同級生、弟みたいにかわいい後輩。ドラゴンズの選手は本当に皆で戦っていたと思います」と胸を張った。

     最終登板時には球場全体から「浅尾」コールが鳴り響いた。「すごい声援で…。つらかった時期が多かったんですが、野球をやっていて本当に
    よかったなと思いました」と笑顔。続けて、レフトスタンドに体を向け、「阪神ファンの皆様、ありがとうございました。初登板も最終登板も阪神でした。
    きょう対戦してくれた中谷君が全力で勝負してくれたこと、選手として本当にうれしかったです。ありがとうございましたと伝えてください」と再び
    感謝を口にし、虎党からも拍手を浴びた。

     最後は「12年間でしたがたくさん応援していただき本当にありがとうございました。これからもずっとドラゴンズを応援し続けたいと思います」と
    力強く別れを告げた。

    スポニチ
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180929-00000141-spnannex-base

    (出典 www.sponichi.co.jp)


    (出典 www.sponichi.co.jp)

    お疲れ様でした
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    (出典 www.sponichi.co.jp)



    1 shake it off ★ :2018/09/28(金) 20:40:40.37 ID:CAP_USER9.net

    BCリーグ・栃木で現役を引退した村田修一氏(37)が28日、古巣同士の対戦となった巨人―DeNA戦(東京ドーム)に来場し、試合前に行われたセレモニーに臨んだ。

     大型ビジョンに流れる自身の功績をまとめたVTRを口を真一文字に結んで見つめていた村田氏は、引き続いて挨拶のためスーツ姿でマイクの前に立ち、「え~皆様、お久しぶりです」と一言。両チームのファンから大きな拍手と声援を受けた。

     そして、クライマックスシリーズ(CS)出場を懸けた大事な1戦の前にセレモニーを開いてもらったことや両球団関係者、BCリーグ、栃木などに感謝の言葉を述べた後で、ファンへの思いを吐露した。
    「色々なBCリーグの球場で声をかけてくださったファンの皆様。そして、今シーズン、NPBで、NPBの球場で、僕が以前使用していた応援歌を歌ってくださった…」。ここまで話すと声が震えた。「…ファンの皆様にもこの場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います」。声の震えを抑えながら一気に言い切ると、「巨人ファンの皆様、横浜ファンの皆様、そして野球ファンの皆様。本当にありがとうございました」と続けた。

     優勝という目標を達成できないまま途中で飛び出す形となった古巣ファンに向けては「チームを強くすることはできませんでした。横浜ファンの皆様、本当に申し訳ありませんでした」と謝罪する場面も。巨人への移籍については「ただ、勝ちたい。その気持ちを胸に飛び込んできました」とし、
    「自分の考え方、野球スタイル。色々なことが状況とともに変化していったような気がします。しかし、それも自分が選んだ道。どんな時も前を向いて進んできたつもりです」と振り返ると「優勝する喜びを教えていただきました。本当にありがとうございました」と感謝した。

     「未練がないと言ったら嘘になるかもしれませんが、自分が選択して歩んできた道に後悔はありません」とも話した村田氏。「長い間ご声援本当にありがとうございました!」とひときわ大きな声を張り上げ16年間のプロ野球生活に別れを告げると、スタンドからは盛大な「村田コール」が起きた。

     挨拶後には村田氏の背番号25の継承者でもあるDeNA・筒香嘉智外野手(26)、巨人・岡本和真内野手(22)の両主砲から花束を受け取った。
    あふれ出る感情を必死に抑えながら後輩たちと固い握手を交わした村田氏は、引き上げる際には巨人ベンチに歩み寄って高橋由伸監督(43)とも固い握手。最後はスタンドへ手を振ってグラウンドを後にした。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180928-00000135-spnannex-base

    ようやくやったか
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    1 砂漠のマスカレード ★ :2018/09/27(木) 17:06:16.71 ID:CAP_USER9.net

    あれだけ暑かった夏も、気がつけば一気に秋である。
    プロ野球は佳境に入り、熾烈な3位争いを経てCS、日本シリーズへと一気に流れていく。プロ野球の醍醐味はここから始まると言っていい。いよいよ本格的に盛り上がる時期にきた。

    そして、盛り上がりの裏でこの時期に活発になるのが、「引退」である。これまでにすでに、村田修一、杉内俊哉、新井貴浩、後藤武敏、加賀繁、脇谷亮太、岡田幸文、大隣憲司、浅尾拓也、
    松井稼頭央、荒木雅博、岩瀬仁紀といった、プロ野球の一時代を築いてきた選手たちが引退を表明した。
    時代は流れている。急に寒さを増した天気と相まって、寂しさを増幅させる。

    寒さを感じるのは、暑い日々を過ごしてきたからである。今日も暑い、暑いものだ、と思って家を出ると、思ったよりも肌寒い。
    実際はそこまで寒いわけではないのだが、思い込みによるギャップが、秋になったことをより実感させる。
    そこに当たり前に「ある」と思っていたものがなくなる時、なくなるということを知った時、妙にセンチメンタルな気分になる。それが、秋だ。
    空の高い感じ、冷たい風に乗って不意に香る金木犀の香りを嗅ぐたびに思い出す。
    そう、秋は戦力外通告の季節でもある。もうすぐ、10月1日がやってくる。

    2008年にNPBとプロ野球選手会の取り決めによって、第1次戦力外通告の日付が10月1日と決まった。
    もともと、戦力外通告を受けたり、自由契約になったりする時期は球団ごとに違っていた。
    それは、早々に優勝争いから離脱したチームと、日本シリーズを最後まで戦ったチームでは、選手の起用法、来季の構想などを考える時間軸が違うためである。
    早いタイミングで戦力外通告を言い渡された選手は、他球団との契約を得るために動く時間が多く残されているのに対し、
    ギリギリになって戦力外通告を言い渡された選手にはその時間が少ない。
    この機会の差をなくすためにも、戦力外通告は10月1日に全球団で行う、という取り決めがある。

    戦力外通告を受けてから

    あれは6年前の2012年。前日の9月30日は確か2軍の最終戦だった。
    10月1日は休養日で、10月2日から秋季練習が始まり、間もなくして宮崎に移動し、フェニックスリーグが始まるというスケジュールだった。
    休養日のため家にいた。午前10時30分頃だったと記憶している。
    普段電話がかかってくるはずのない球団職員から電話が鳴った。直感で、「クビだな」とわかった。というより、前日から少し準備はしていた。
    詳細は告げられなかったが、とにかく明日はスーツで来てくれとのことだった。

    選手はそもそも入団する時に、「結果が出なかったら来年はいないかもしれない」ということを承知で入ってきている。
    「非情な通告」と言われるが、選手からすると、いつ通告されてもそれを受け入れる準備はどこかでできているものだ。
    球団側、選手側双方から見ても、「非情」という世界はない。
    少なくとも私は「非情」だと感じたことは一度もない。それぞれに事情があって、戦力外通告は交わされるのだ。

    だからと言って、戦力外通告を受けることが全く辛くないかというと、それは違う。非常に辛い。
    しかしそれは、思っていたのと違う辛さとなってやってくる。

    戦力外通告を受け、トライアウトに向けて準備をする期間はいい。それは、まだ希望があるからという理由ではなく、日常がまだ野球中心だからだ。
    トライアウトを経て他球団と再契約できる確率が限りなくゼロに近いことなど、わかっている。
    それでも、トライアウトを受けると決めればそこまで練習をすることができる。
    その日々は、これまでの日常とあまり変わらない。
    トライアウトが終わると、他球団から声がかかるのをひたすら待つ。
    私の場合は、11月いっぱいまで声がかからなかったら、そこで野球をやめることを決めていた。だからこそ、トライアウトはある種の引退試合のような気持ちだった。
    幸いなことに、野球に未練を残すことなくやり切れた。だからこそ、やめるということ自体には前向きだった。

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180927-00008871-bunshun-spo
    9/27(木) 11:00配信

    厳しい現実
    【そろそろこの季節がやってくる 戦力外通告を受けた選手の心境は…】の続きを読む

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