広島・堂林翔太内野手が5日、今季限りでの現役引退を発表した新井へ感謝の思いを口にした。「さみしいです。感謝してもしきれない。言葉では言い表せない」と話した。
新井を師と仰ぎオフは護摩行も共にした。「いろんなことに挑戦してみろという言葉が印象に残っています」と振り返り、恩返しを誓っていた。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180905-00000081-dal-base
9/5(水) 16:16配信
http://npb.jp/bis/players/61965131.html
通算成績
(出典 pbs.twimg.com)
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阪神・金本監督がかつての弟分引退に厳しくも温かいメッセージ
広島・新井貴浩内野手(41)の引退表明を受け、阪神・金本知憲監督(50)がこの日の広島戦前に報道陣に対応し、「弟分」にねぎらいの言葉を贈った。
以前から相談を受けていたもようだが、正式に引退の決断を聞いたのは、この日の朝だったという。
「正式には今朝、電話をいただきまして、“あ~、そうか”ということで。引き際というのは、みんな、それぞれ違うので。
彼なりの決意した日というのが、きょうだったんでしょうね」と胸中を推し量った。
41歳での決断については「もう少*、プレーヤーとして出来る体力とか、まだあるとは思いますけどね。ちょっと、もったいないなというのが、本音ですね」と引退を惜しんだ。
また、改めて新井の存在について問われると、
「本当に弟みたいな存在で。若い時もよく食事をしながら、教育したり、練習することの大切さとか、全力プレーを常にしなさいとか、そういう話をしていました」と、なつかしんだ。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180905-00000115-spnannex-base
9/5(水) 16:21配信
コネで入団した新井貴浩の20年を振り返る
12球団のドラフト候補には入っていなかった――。
5日に現役引退会見を行った広島の新井貴浩(41)。通算2200安打、319本塁打を誇る男も、アマ時代はプロ入りすら危うかった。
■「契約金はいりません」
1998年ドラフト6位で広島に入団する当初から取材する元スポーツ報知記者の駒沢悟氏はこう語る。
「新井にはプロ志向があったものの、プロの評価は打撃は粗く、肩が弱い、スローイングに難があるという判断。
しかし本人は諦めなかった。駒大の先輩である野村謙二郎(前広島監督)の自宅で素振りを見てもらい、推薦してほしいと頼み込んだ。
当時の太田監督も、『伸びしろがある。プロに入れてやりたい』との思いがあった。
新井の父親は担当の渡辺秀武スカウト(故人)に『契約金はいりません。息子の夢をかなえてください』と頭を下げた。
さらに駒大OBでその年に達川監督のもと、ヘッドコーチ就任が決まっていた大下剛史氏にもすがった。
こうしたコネもあり、ようやく獲得へのゴーサインが出た。広島が指名挨拶をしたのはドラフト10日ほど前。
当初は8位で指名する予定だったとも聞いています」
入団当時の監督だったソフトバンクの達川光男ヘッドコーチはこの日、「どうしてプロ野球に来たんかなという感じ。絶対に3年以内でクビになると思った」と述懐したが、それも当然だろう。
新人だった99年の日南キャンプ。守備はおろか、打撃練習でもなかなかバットの芯に当たらない。
駒沢氏は、「大下ヘッドには無理やり入団させたという思いもあってか、泥だらけになるまでノックをしていたし、新井もそれに食らいついた。
手の豆が何度もつぶれるくらい、誰よりもバットを振っていた」と言う。
■ケガをして反省の丸坊主に
「最近も球場で挨拶した時に『元気です』と言っていましたし、引退と聞いたときは驚きました」とは、元同僚でテレビ解説者の山内泰幸氏(45)。
「新井が新人だった年のキャンプで、2人とも丸坊主にしたんです」と、当時を振り返る。
「キャンプ前半にふくらはぎを肉離れしてしまい、早朝にリハビリ組がいる広島・大野練習場に強制送還された。
新井も同時期にリタイアし、広島で一緒にリハビリに取り組んだ。ケガが癒え、いざ日南に再合流というタイミングで、反省の意味を込めて、確か、寮にあったバリカンで一緒に頭を丸めました(笑い)」
さらに山内氏は言う。
「当初は守備では全く動けなかったし、一塁守備の際に、アウトカウントを間違えてボールを一塁コーチにトスし、走者の生還を許したこともある。
山本浩二監督時代の2003年には開幕から4番を任されるも、プレッシャーのあまり『4番を外して下さい』と首脳陣に直訴したこともあった。
ただその裏では、当時ブルペン捕手だった水本勝己二軍監督と毎日欠かさず、早出特打をやっていた。
水本さんは『阪神にFA移籍するまで続けていた』と言っています。決して自分に妥協することなく、血のにじむような努力をしていました」
新井がアニキと慕う金本知憲(現阪神監督)は、広島時代、新井がミスをするとよく怒ったという。
「おまえは誰に入れてもらった? 先輩の顔をつぶすようなことはするな」
08年に阪神にFA移籍してからは不遇をかこったこともある。前出の駒沢氏が言う。
「08年北京五輪で腰椎を骨折してから、背中と腰の張りや痛みと闘ってきた。今も完治はしていないと思います。
自ら阪神を自由契約になった時には『僕はもう、阪神に必要とされてないんですよ』と話したことがありました。
それが広島に復帰して、もう一度鍛え直した。
『打撃は無限大です』と言っていたが、広島復帰後も打撃は進化した。下半身をうまく使って、逆方向へうまく打つようになりましたから」
20年の壮絶なプロ生活は間もなく終焉を迎える。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180907-00000013-nkgendai-base
9/7(金) 9:26配信
これぞプロフェッショナル! 新井貴浩の引退試合は行わず
広島の鈴木清明球団本部長(64)が5日、新井の引退会見後に取材に応じ、現段階で引退試合を行う予定はないとの見解を示した。
その一方で「ビジターはナゴヤドーム、神宮、東京ドームで試合がある。ファンの人には最後だと思って、プレーを見てもらいたい。
真剣勝負の場が、彼の引退試合」と話した。
15年の広島復帰後、新井はここまで2度のリーグ優勝に貢献。今季も精神的支柱だ。
「ボロボロになるまでやるといっていたけど、そういう姿は見たくなかった。今なら良い形で送り出せる」。
本人の意思を尊重し、引退を了承した。
鈴木球団本部長にとって、背番号「25」は特別な存在だ。07年のFA権行使、その後の復帰、選手会会長を務めたときにも話し合った。
「良くも悪くも野球人生に関わってきた。さみしい」。最後の言葉が本音だ。
https://www.daily.co.jp/baseball/carp/2018/09/06/0011612519.shtml
新井貴浩の引退表明にファンが涙 引退の理由がまた格好いい
引退表明にツイッター上のファンからは「辛いです…」の大合唱
プロ野球広島カープの新井貴浩内野手が5日、現役引退を表明した。2016年はMVPに輝き25年ぶりの優勝に貢献。
昨季も100試合の出場で打率.292、9本塁打、48打点と勝負強さを発揮し連覇の原動力になっていたが、
今季は49試合の出場にとどまり、99打数22安打で打率.222、4本塁打、20打点だった。
誰からも愛される男の引退表明に、インターネット上にも惜しむ声が続々と上がっている。
現役生活20年。新井がバットを置くことを決断した。常に全力でプレーする姿や、偉大な記録を打ち立てても飾らない人柄で誰からも愛された
。ツイッター上のファンからも引退を惜しむ声が続々と上がっている。
「新井さんの引退、辛いです…」
「新井さん…お疲れ様でした」
「ついにですか。今までありがとう!今日は泣きます」
「新井さん引退は泣ける」
「打って走って笑える三冠王が引退かよー!」
「新井さんありがとう」
「辛いです…新井さんが好きだから…」
「引退、辛いです」
「黒田さんに続く引退、辛いです」
「新井貴浩」がトレンド入り
「広島新井貴浩」「新井さん」「広島の新井」「現役引退表明」などがツイッターのトレンド入りし、新井がFAでの阪神移籍の会見の際に涙しながら口にした
「辛いです。カープが好きだから」という発言を模した「辛いです。新井さんが好きだから」という惜別のメッセージで溢れていた。
新井が残した功績は偉大そのものだ。2016年に史上47人目の通算2000安打を達成。
直後には史上42人目の通算300本塁打にも到達した。
通算2200安打は現役最多で歴代20位。通算319本塁打は歴代39位タイ。
2016年にはセ・リーグ最年長MVPにも輝いた。一方で、大ベテランながら気さくな人柄でも知られ、チームメートからはいじられ、ファンからも愛された。
チームは今3連覇へ向けて独走中。背番号25の花道を飾る優勝そして日本一を達成できるか。チームはまた一丸になりそうだ。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180905-00035674-theanswer-base
9/5(水) 13:54配信
(出典 Youtube)
新井貴浩 「辛いです・・・」 FA 会見
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