常勝ジャイアンツ&野球ニュース

昔から大好きなジャイアンツ(野球全般)を応援したくて開設したブログです。ジャイアンツ情報と気になる野球情報をお届けします。

    タグ:浅尾



    1 砂漠のマスカレード ★ :2018/09/30(日) 00:31:08.70 ID:CAP_USER9.net

    「中日0-4阪神」(29日、ナゴヤドーム)

    中日・浅尾拓也投手が、九回に涙の引退登板
    超イケメン右腕のラストに、球場では涙を流す女性ファンが続出した。

    九回、「ピッチャー浅尾」のアナウンスに大歓声が沸き起こる。森監督からボールを手渡された浅尾も、投球練習から感情を抑えきれなくなった。
    引退会見では「幸せでした。本当に悔いはありません」と笑顔を浮かべていたが、最後の舞台で自然と涙がこぼれた。

    球場は超満員。スタンドには「史上最強のセットアッパー」の横断幕が張られ、浅尾のグッズやボードを掲げた女性ファンも多く訪れた。
    浅尾は中谷と真剣勝負に臨み、最後は決め球フォークで空振り三振。割れんばかりの大歓声を浴びた。

    引退セレモニーでは笑顔に戻り、「苦しい時が多かったが、今日、引退試合をした時にすごい歓声だった。本当に野球をやっていて良かった」と感謝。
    ファンから「ありがとう!」「やめないで!」の声が次々と飛んだ。

    ネット上でも話題のツイートで「浅尾」が、上位にランクイン。
    「まじで泣ける」、「浅尾くんの胴上げのされ方がかわいすぎ!笑」、「浅尾きゅん、」など、浅尾のラストを惜しむ声があふれた。

    落合監督が率いた中日の最強時代を支え、11年には79試合の登板で防御率は驚異の0・41。
    絶対的な実力でファンの人気を集めた。さらに、童顔で超イケメン。
    いつしか、ネット上では「浅尾キュン」と呼ばれるほど、女性ファンからも注目を集めた。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180929-00000106-dal-base
    9/29(土) 18:08配信


    (出典 i.daily.jp)


    (出典 baseballking.jp)


    (出典 amd.c.yimg.jp)


    (出典 cdn.mainichi.jp)



    (出典 Youtube)

    浅尾 涙の引退試合


    (出典 Youtube)

    中日浅尾拓也投手と野本圭内野手が試合後に引退セレモニーが行われた。2018年9月29日

    投げすぎだな
    【中日浅尾拓也引退に中日ファンの間で浅尾ロス現象?】の続きを読む



    1 pathos ★ :2018/09/26(水) 12:15:16.58 ID:CAP_USER9.net

     セ・リーグ最下位の中日に激震だ。岩瀬仁紀投手(43)、荒木雅博内野手(41)、浅尾拓也投手(33)が今季限りで現役引退することが25日、本紙の取材で明らかになった。現役最年長で前人未到の通算1000試合登板に王手をかけている岩瀬、昨季に史上48人目となる通算2000安打を達成した荒木、2011年に史上初めて中継ぎとしてリーグMVPに輝いた浅尾…。ドラゴンズ一筋の“球界のレジェンド3人”はコーチとしてチームに残り、来季から強竜再建を目指す。

    【写真】前人未到の400セーブを達成し喜ぶ岩瀬

     数々の日本プロ野球記録を樹立してきたプロ20年目の鉄人左腕・岩瀬がついに現役引退を決断した。愛知・西尾市出身で1998年ドラフト2位で入団し、1年目から15年連続で50試合登板。2004年から抑えに転向すると、05年から9年連続30セーブをマークした。これまで最多セーブ5度を誇り、14年7月に史上初の通算400セーブを達成。最優秀中継ぎ投手賞を3度も獲得している。

     長年の勤続疲労などから、15年は一軍登板なし、16年も15試合の登板にとどまったが、昨季は復活を遂げて4年ぶりに50試合に登板。950試合登板を達成し、歴代単独1位に立った際は「よくここまで来たなと思う。そういう投手になれると思わなかった。信じられない」。この年はカムバック賞に輝いた。

     ここまで今季は45試合で2勝0敗、9ホールド、2セーブで防御率は4・81で、もっか通算1000試合登板に王手をかけ、通算406セーブともNPB記録だ。引退試合は本拠地・ナゴヤドームでの今季最終戦となる30日の阪神戦に登板予定で花道を飾る。今季から兼任コーチとしての役割を担ってきたが、来季は投手コーチに専念し、投手王国再建へ尽力することになる。

     熊本出身でプロ23年目の荒木は1995年のドラフト1位で入団。2年目から一軍に昇格し、当初は主に外野手で起用されたが、2002年に二塁で固定されると、遊撃の井端(現巨人コーチ)との「アライバコンビ」で活躍。落合監督が率いた04年から6年連続ゴールデングラブ賞に輝き、8年間でリーグ優勝4度と黄金期の主力としてチームを支えた。07年には31個で盗塁王を獲得し、同年の日本一にも貢献。ベストナインも3度受賞している。打撃タイトルとは縁がなかったが、04年に年間9度の1試合4安打の日本記録を達成するなど、集中力は天性のもので固め打ちの多さは半端ない。荒木の入団時の中日監督だった故星野仙一氏は生前に「こいつはモノになると思った。ドラゴンズを背負っていくと思っていた」と言っていた通りの野球人生となった。引退試合は来年3月のナゴヤドームでのオープン戦の予定。コーチは内野守備走塁を務めることが濃厚だ。

     愛知・知多市出身で12年目の浅尾はかつて150キロ超の速球を武器に最強セットアッパーとして球界に君臨した。フィールディングやけん制なども華麗で身体能力はズバぬけている。特に2011年に79試合に登板し、驚異の防御率0・41をマークし、リーグ優勝に貢献。中継ぎ投手として初のMVPに輝いた。最優秀中継ぎのタイトルも2度獲得した実績を誇るが、近年は右肩の故障に苦しみ、16年は一軍登板なし。昨季は4試合の登板のみで10月1日のヤクルト戦(神宮)で史上3人目の通算200ホールドを達成したが「すごく気を使わせてしまっていることが悔しい」と負けん気の強さをのぞかせた。

     浅尾は球団から引退試合の打診を受けながら、これを固辞したとされるが、来季からはコーチに就任し、若手投手の兄貴分として一緒に汗を流すことになる。
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180926-00000003-tospoweb-base

    落合監督時代は凄かったな
    【中日の黄金世代を支えた3選手が揃って引退! 悲しむ声が続々】の続きを読む

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